第34回眼 眼科は近視をどう考える?
- 視力回復辞典(視力回復の真実)
- 2006.07.20
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”近視予防”はなぜ消えた?
ここでちょっと考えてみたいのは、そのような、70年前には存在した“近視予防”という考え方が、いつのまになくなってしまったのか???ということです。
上にご紹介したように『近視予防法』の内容はどれも、視力低下防止のためには欠かせない、目に大変良い生活習慣ばかりです。
むしろ、テレビやゲームやマンガ本などに囲まれて暮らす今の子どもたちにこそ、必要なことであるといえるでしょう。
しかし、戦後、“優秀な兵力育成のための視力向上”という考え方は前時代の遺物に。
“視力低下防止のための生活習慣”も、一緒に廃れていった。
…というのが、実際のところなのかもしれません。
近視の爆発的増加
次のようなデータがあります。
【昭和24年】【昭和38年】【昭和52年】
小学生 6% 12% 17%
中学生 9% 21% 32%
高校生 12% 34% 48%
小学生のところを見てみると、「昭和24年から昭和38年で2倍増、昭和52年では約3倍増」という、非常にわかりやすい推移をたどっています。
これらの数字は…近視の児童・生徒比率の推移を表したものなのです。
【文部省(現在の文科省)調べ】
子どもの近視率データとして文科省に現存する資料の中で、いちばん古いのが昭和24年のものです。
昭和24年から14年間で2倍、さらにその後の14年間で3倍に増加しているという、このデータの示す結果から、戦後”近視の子どもが爆発的に増加”したことがよくわかると思います。
医療が進むと逆に…
昭和30~40年代といえば、日本が高度経済成長の真っ只中にあった時代。
戦前には想像もしなかった、便利で豊かな生活が普及し始めました。
とりわけ、電化製品の登場は、人々の生活に劇的な変化をもたらしたのです。
明るい電灯があるおかげで、夜遅くまで活動できるようになり、「テレビを見る」という、今までになかった生活習慣も生まれました。
そんな事情を考えれば、子どもの近視が増加の一途をたどるのも、ある意味当然だと言えます。
そして、それと並行するようにめざましい進歩をとげたのが、医療の分野です。
乳幼児の死亡率が激減したり、日本人の平均寿命が飛躍的に伸びたり…
ということはもとより、眼科の分野でも、それまでになく医療技術が向上していきました。
昭和30年代頃までは、メガネは高価なものであり、ガラス製のレンズは割れやすく、メガネといえば“不便なうえにお金がかかる”ものというイメージでした。
が、医療技術と製造技術の発展により、メガネは手頃な値段で入手可能になりました。
さらに、コンタクトレンズも登場し、こちらも次第に低価格が実現していったわけです。
大手メガネチェーンが日本全国に展開を始めたのが、1960~70年代。
アメリカのボシュロム社によって、ソフトコンタクトレンズが発売されたのが71年。
これらもすべて、昭和では30~40年代にあたります。